EPILOGUE
利益は同じ1,000万円。なのに、1社は上場し、1社は倒産した。
同じ利益を出した2つの会社の、正反対の運命。最後の問いを解く鍵は、本書で学んだすべての知識を組み合わせた先にある「第3の財務諸表」だ。21の問いを振り返り、2級・1級、そして経営の現場へと続く道を示す。
GOALS
この章で学ぶこと
- ▸21の問いの答えを振り返り、簿記の全体像を1枚の地図として持つ
- ▸キャッシュ・フロー計算書の考え方を理解し、利益と現金のズレを説明できる
- ▸決算書を読むときのチェックポイントを身につける
- ▸2級・1級で学ぶ内容と、学習の進め方を知る
この章の目次▼
QUESTION ― この章の問い
同じ利益、正反対の運命
ある年、京都で創業した2つの会社が、そろって1,000万円の当期純利益を計上した。
1社は、飲食店向けに食材を卸す会社。もう1社は、24時間営業のフィットネスジム。業種は違うが、どちらも売上は伸び盛りで、利益の額もまったく同じだった。
5年後。ジムは新規店舗を次々と出し、株式市場への上場を果たした。一方、食材の卸売会社は、急成長の途中で資金が尽き、倒産した。
同じ年に、同じ利益を出した2社。損益計算書の最終行は、どちらも「1,000万円」だった。2社の運命を分けたものは、いったい何だったのか?
01序章の問いを、もう一度解く
最終章の問いに挑む前に、序章に戻ろう。行列の絶えない定食屋「まんぷく食堂」は、なぜ黒字のまま倒産したのか。
序章を読んだときのあなたは、「利益と現金は違う」という言葉を、まだ実感をもって理解できなかったかもしれない。だが今のあなたは、その意味を勘定科目のレベルで説明できるはずだ。
| お金の出口 | 仕訳 | 利益への影響 | 学んだ章 |
|---|---|---|---|
| 新店の内装・厨房設備 | 建物・備品 / 普通預金 | 買った年は影響なし。減価償却で少しずつ費用に | 第12章 |
| 新店の保証金 | 差入保証金 / 普通預金 | 影響なし(資産のまま) | 第9章 |
| 借入金の元本返済 | 借入金 / 普通預金 | 影響なし(負債の減少) | 第9章 |
| 食材在庫の増加 | 仕入 / 買掛金など(期末に繰越商品へ) | 期末在庫は費用にならない | 第5章 |
| 法人税等の納付 | 未払法人税等 / 普通預金 | 前期に費用計上済み | 第14章 |
どの仕訳も、借方は費用ではなく、資産の増加か負債の減少だ。だから利益は減らない。しかし貸方は「普通預金」。お金は確実に出ていく。まんぷく食堂のオーナーに足りなかったのは、この仕訳の両側を同時に見る目だった。複式簿記とは、まさにその目のことなのだ。
02第3の財務諸表 ― キャッシュ・フロー計算書
損益計算書は「利益」を、貸借対照表は「財産の状態」を表す。そして、1年間の「現金の増減」を、その原因別に表すのが、第3の財務諸表、キャッシュ・フロー計算書だ(本格的には1級で学ぶ)。
キャッシュ・フロー計算書は、現金の動きを3つに分けて示す。
| 区分 | 内容 | 主な例 |
|---|---|---|
| 営業活動によるキャッシュ・フロー | 本業で稼いだ(失った)現金 | 商品の販売・仕入、給料・経費の支払い、法人税等の支払い |
| 投資活動によるキャッシュ・フロー | 将来のための投資に使った(回収した)現金 | 固定資産の購入・売却、貸付けと回収 |
| 財務活動によるキャッシュ・フロー | 資金の調達と返済 | 借入れと返済、株式の発行、配当の支払い |
なかでも重要なのが、営業活動によるキャッシュ・フローだ。これは、当期純利益から出発して、「利益とお金のズレ」を調整する形で計算できる(間接法)。
FORMULA ― 公式
営業活動によるキャッシュ・フロー(間接法・3級の知識で読める簡略版)
当期純利益
+ 減価償却費(お金が出ていかない費用)
- 売掛金などの増加(売れたが、まだ入金されていない)
- 在庫の増加(お金が商品の形で眠っている)
+ 買掛金などの増加(仕入れたが、まだ支払っていない)
+ 前受金・前受収益の増加(サービス提供前に入金された)
どの項目も、あなたはすでに知っている。減価償却費は第12章、売掛金は第7章、在庫は第5章、前受収益は第15章で学んだ。キャッシュ・フロー計算書とは、本書で学んだ「利益と現金のズレ」を、1枚の表に整理したものにすぎない。
03答え合わせ ― 運命を分けたのは「お金の流れ方」
ANSWER ― 答え合わせ
2社の「第3の財務諸表」を並べてみる
同じ1,000万円の利益を出した年の、2社のキャッシュ・フローを比べてみよう(単位:万円、簡略化)。
| 項目 | 食材の卸売会社 | 24時間ジム |
|---|---|---|
| 当期純利益 | 1,000 | 1,000 |
| + 減価償却費 | 200 | 1,500 |
| - 売掛金の増加 | △2,500 | 0 |
| - 在庫の増加 | △600 | 0 |
| + 買掛金の増加 | 700 | 0 |
| + 前受収益(年払い会費)の増加 | 0 | 900 |
| 営業活動によるキャッシュ・フロー | △1,200 | 3,400 |
| 投資活動(冷蔵倉庫/新店のマシン) | △800 | △3,000 |
| 財務活動(短期の借入れ) | 2,000 | 0 |
| 現金の増減 | 0 | 400 |
卸売会社は、売上が伸びるほど売掛金と在庫が膨らみ(第7章)、本業で現金を失っていた。利益は出ているのに、営業活動のキャッシュ・フローはマイナス1,200万円。足りない現金を、銀行からの短期の借入れで埋め続けていた。そして数年後、金利の上昇と取引先の貸倒れ(第11章)が重なり、銀行が追加の融資を断ったとき、会社は資金繰りに行き詰まった。
ジムは、会費を前払いで受け取り(第15章)、在庫も売掛金もほとんどない。高額なマシンの減価償却費(第12章)はお金が出ていかない費用だから、利益以上の現金が手元に残る。営業活動で生んだ3,400万円で、新店のマシン3,000万円を自分の力でまかない、借金に頼らずに成長を続けた。
2社の運命を分けたのは、利益の額ではない。利益が、どんな形で手元に残るか――つまり、ビジネスモデルが生み出すお金の流れ方だったのである。
0421の問いと、その答え ― 1枚の地図にする
本書で解いてきた問いを振り返ろう。どの問いの答えも、簿記の1つのルールに対応している。
| 章 | 問い | 答えの鍵 |
|---|---|---|
| 序章 | 満席の人気店が、黒字のまま倒産した | 利益と現金は別物。設備・保証金・返済・在庫・税金 |
| 第1章 | 口座に1億円ある会社は、金持ちか | 豊かさは純資産(資産-負債)で測る |
| 第2章 | 1億円の契約は記録せず、30万円の盗難は記録する | 簿記上の取引=財産の増減 |
| 第3章 | レジの3,200円の不足、犯人は誰か | 現金過不足。疑う前に記録する |
| 第4章 | 残高ゼロの口座から500万円が払えた | 当座借越。マイナス残高は借金 |
| 第5章 | 過去最高の売上なのに、利益が半分以上消えた | 仕入≠売上原価。しーくりくりしー |
| 第6章 | 同じ牛肉で、利益が2つある | 先入先出法と移動平均法。継続性の原則 |
| 第7章 | 売れたのに、口座にお金がない | 売掛金と運転資金。CCC |
| 第8章 | 紙切れ1枚で黒字の会社が倒れた | 手形の不渡りと連鎖倒産 |
| 第9章 | バスの代金は買掛金ではない | 商品以外の後払いは未払金 |
| 第10章 | 時給1,250円のバイトの本当のコスト | 深夜割増と法定福利費 |
| 第11章 | 1,000万円の貸倒れで、損失は550万円 | 貸倒引当金。費用収益対応 |
| 第12章 | 5,000万円のバスを買っても赤字にならない | 減価償却。費用配分の原則 |
| 第13章 | 赤字のSaaSに30億円が集まった | 資本金と、赤字の「質」 |
| 第14章 | 年商2億円の店が消費税を払えない | 消費税は預かったお金 |
| 第15章 | 年会費の前受けは売上ではない | 発生主義と経過勘定 |
| 第16章 | 3年間の横領が1枚の紙で暴かれた | 証ひょうの照合と職務分掌 |
| 第17章 | 1,000件の仕訳から1つのミスを探す | 試算表と差額の推理 |
| 第18章 | 決算日の夜、利益が書き換わる | 決算整理と精算表 |
| 第19章 | 帳簿の半分は消え、半分は残る | フローとストック、繰越利益剰余金 |
| 終章 | 同じ利益で、上場と倒産に分かれた | 第3の財務諸表、キャッシュ・フロー |
収益-費用=当期純利益
現金の増減とその理由
繰越利益剰余金+当期純利益
現金預金=期首+現金の増減
損益計算書の当期純利益は、貸借対照表の繰越利益剰余金に流れ込む(第19章)。キャッシュ・フロー計算書の現金の増減は、貸借対照表の現金預金の変化と一致する。3枚の財務諸表は、複式簿記という1つのエンジンから生まれた、同じ会社の3つの顔なのだ。
THINK ― 判断してみよう
就職・転職・投資の前に、決算書のどこを見るか
あなたは、ある会社への転職を考えている(あるいは、その会社の株を買おうとしている)。決算書を手に入れた。限られた時間で、どこを見れば、その会社の「本当の姿」に近づけるだろうか?
考え方の例を見る▼
本書の知識を使えば、次の5つの問いで、多くのことが分かる。
- 売上は伸びているか、粗利率は保たれているか(損益計算書):売上の成長と、売上総利益率の推移を見る。売上が伸びても粗利率が下がり続けていれば、値下げで売上を買っている可能性がある(第5章)。
- 利益と営業キャッシュ・フローは見合っているか(キャッシュ・フロー計算書):利益が出ているのに、営業活動のキャッシュ・フローが何年もマイナスなら要注意だ(終章)。
- 売掛金と在庫は、売上以上に膨らんでいないか(貸借対照表):回収日数や在庫日数の悪化は、資金繰りの悪化や、時に粉飾のサインになる(第5・7章)。
- 自己資本比率は十分か、債務超過ではないか(貸借対照表):借金に頼りすぎていないかを見る(第1章)。
- 手元の現金預金と借入金のバランスはどうか(貸借対照表):借入金から現金預金を引いた「実質的な借金」が、稼ぐ力に比べて重すぎないかを見る。
決算書は、会社が世界に向けて出している、最も正直な手紙だ。読み方を知っている人にだけ、その手紙の行間が見える。
05この先の道 ― 2級・1級、そして実務へ
3級で手に入れたのは、簿記というOSだ。この上に、さらに強力なアプリケーションをインストールしていくことができる。
| 分野 | 主な論点 | 本書とのつながり |
|---|---|---|
| 商業簿記 | 連結会計 | おかわり堂とケータリング子会社のグループ決算(第18章) |
| 商業簿記 | 税効果会計 | 会計上の利益と税金の計算のズレ(第14章) |
| 商業簿記 | リース会計・ソフトウェア | バスのリース、ゲーム開発費の資産計上(第12章) |
| 商業簿記 | 有価証券・外貨建取引 | 余剰資金の運用、輸入牛肉の為替リスク |
| 商業簿記 | 収益認識 | ジムの年会費、乗車券の前受け(第9・15章) |
| 商業簿記 | 引当金・株主資本等変動計算書 | 賞与・退職金への備え、純資産の変動(第10・13章) |
| 工業簿記 | 原価計算 | おかわり堂のセントラルキッチンで作る惣菜の原価 |
| 工業簿記 | 標準原価計算・CVP分析 | 原価差異の分析、深夜営業の損益分岐点(第10章) |
1級では、会計基準の背後にある理論、企業結合や連結の高度な論点、キャッシュ・フロー計算書、そして経営判断のための管理会計を学ぶ。その先には、公認会計士や税理士、企業の経理・財務部門など、会社の数字を扱う仕事への道が続いている。
3級合格までのラストスパート
- 1
本書の確認問題をもう一度解く
間違えた問題の章だけを読み直す。問いと答え合わせを思い出せば、ルールも思い出せる
- 2
付録Cの仕訳道場を3周する
1問30秒を目標に。第1問の45点はここで決まる
- 3
付録Bの攻略法を読み、付録Dの模擬試験を解く
60分を計って、第1問→第3問→第2問の順で解き、採点結果から復習する章を決める
- 4
試験の直前は「緑のボックス」だけを読む
各章の「試験の急所」に、出題のポイントが凝縮されている
最後に、ひとつだけ伝えたい。
簿記は、過去の取引を記録する技術だ。だが、本書の21の問いが示したとおり、その記録は、会社の未来を左右する。黒字倒産も、粉飾も、連鎖倒産も、上場も――すべては、日々の仕訳の積み重ねの先にある。
経済のルールは、これからも変わり続ける。紙の手形は消え、決済は電子化され、AIが仕訳を自動で切る時代が来た。それでも、500年前にヴェネツィアの商人が手にした「左右に分けて記録する」という仕組みの価値は、少しも色あせていない。むしろ、数字があふれる時代だからこそ、その数字の意味を読み解ける人の価値は、ますます高まっていく。
あなたはもう、決算書を読める。
次は、その数字を自分の手で作り、より良く変えていく側に立つ番だ。
SUMMARY
本書のまとめ
- ✓簿記は、会社の成績と財産を表す財務諸表を作り、読むための技術である
- ✓利益と現金は違う。その違いを生むのは、設備投資・在庫・売掛金・借入金・税金・前受けなどの「時間差」
- ✓すべての取引を左右2つの側面から記録する複式簿記は、誤りと不正を見つけ、利益と財産を同時に計算する
- ✓決算整理は、お金の動きの記録を、発生主義にもとづく真実の利益へと翻訳する
- ✓損益計算書・貸借対照表・キャッシュ・フロー計算書は、1つの会社の3つの顔。必ずつなげて読む
- ✓3級は終点ではなく、2級・1級、そして経営の現場へと続く道の入口である