簿ケースで学ぶ簿記3級
目次▼

第4部 信用という名の時限爆弾

第10章給料・預り金・立替金・法定福利費

時給1,250円の深夜バイト。会社は本当は、いくら払っているのか?

求人票の時給は、会社が負担する人件費のほんの一部にすぎない。深夜割増、社会保険料の会社負担、そして給料から天引きして「預かる」税金。給料の仕訳を通じて、飲食チェーンを悩ませる「深夜人件費のジレンマ」に迫る。

読了目安 30分難易度 ★★☆

GOALS

この章で学ぶこと

この章の目次▼
  1. 01給料の「額面」と「手取り」
  2. 02給料の仕訳 ― 天引きしたお金は「預り金」
  3. 03法定福利費 ― 社会保険料は「会社も払う」
  4. 04答え合わせ ― 求人票の時給は「氷山の一角」
  5. 05立替金 ― 本人が払うべきものを、会社が一時的に払う
  6. 06深夜人件費のジレンマ ― 深夜営業は続けるべきか
  7. 07確認問題

QUESTION ― この章の問い

店長の計算より、6万円も高い人件費

おかわり堂・百万遍店の深夜帯は、22時から翌3時まで。試験期間の京大生と、バイト帰りの若者でにぎわう時間帯だ。

深夜シフトの求人に、フリーターの浅井が応募してきた。時給1,250円、週5日、1日5時間。店長は電卓をたたいた。

「1,250円×5時間×月22日で、月13万7,500円。これなら深夜帯の売上で十分まかなえる」

ところが、採用の稟議を見た本部の経理部が弾き出した「浅井1人あたりの月の人件費」は、約19万8,000円だった。店長の計算より、6万円以上も高い。

経理部の計算ミスか? いや、経理部は正しかった。店長の計算には、何が抜けていたのか?

01給料の「額面」と「手取り」

問いに入る前に、給料の仕組みを確認しよう。

会社が従業員に支払う給料には、額面(総支給額)と手取りがある。会社は、給料を支払うときに、従業員が納めるべき税金や社会保険料をあらかじめ差し引き(天引き)、残りを従業員の口座に振り込む。差し引いたお金は、会社が従業員から預かり、後日、従業員に代わって税務署や年金事務所などに納める。

ある社員の給料明細(月額)
項目金額説明
総支給額(額面)250,000基本給・各種手当の合計
-所得税(源泉徴収)5,800会社が預かり、翌月10日までに税務署へ納付
-社会保険料(本人負担分)37,500健康保険・厚生年金・雇用保険。会社が預かり、納付する
-住民税(特別徴収)9,700会社が預かり、翌月10日までに市区町村へ納付
差引支給額(手取り)197,000従業員の口座に振り込まれる金額

※本章の税額・保険料は、学習用に単純化した金額。実際の金額は、給与額・扶養親族・年齢・地域・加入する保険の種類などによって異なる。

02給料の仕訳 ― 天引きしたお金は「預り金」

給料の支払いでは、総支給額を給料(費用)として計上する。天引きした税金や社会保険料は、会社が一時的に預かっているお金なので、預り金(負債)で処理する。3級では、内容ごとに次の勘定科目を使う。

給料の天引きで使う勘定科目
天引きするもの勘定科目要素
源泉所得税所得税預り金負債
社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険の本人負担分)社会保険料預り金負債
住民税住民税預り金(または預り金)負債
従業員から預かる積立金など(社員旅行の積立金など)従業員預り金(または預り金)負債
仕訳従業員10人の給料総額2,800,000円から、所得税80,000円と社員旅行の積立金50,000円(1人5,000円)を差し引き、残額を普通預金から振り込んだ
借方科目金額貸方科目金額
給料2,800,000所得税預り金80,000
従業員預り金50,000
普通預金2,670,000
仕訳給料250,000円の支払いにあたり、所得税5,800円、社会保険料37,500円、住民税9,700円を差し引き、残額を普通預金から振り込んだ
借方科目金額貸方科目金額
給料250,000所得税預り金5,800
社会保険料預り金37,500
住民税預り金9,700
普通預金197,000

預り金の納付

預かった税金や保険料を納付したら、預り金を減らす。

仕訳翌月10日、預かっていた所得税5,800円と住民税9,700円を、現金で納付した
借方科目金額貸方科目金額
所得税預り金5,800現金15,500
住民税預り金9,700

03法定福利費 ― 社会保険料は「会社も払う」

ここからが問いの核心だ。健康保険や厚生年金の保険料は、従業員だけが払うものではない。原則として、会社と従業員が半分ずつ負担する(労使折半)。雇用保険料も、会社のほうが多く負担する。さらに、労災保険料は全額が会社の負担だ。

会社が負担する社会保険料は、法定福利費(費用)で処理する。法律で負担が義務づけられた福利厚生の費用、という意味だ。

仕訳月末、社会保険料の本人負担分37,500円と、会社負担分37,500円を合わせて、普通預金から納付した
借方科目金額貸方科目金額
社会保険料預り金37,500普通預金75,000
法定福利費37,500

04答え合わせ ― 求人票の時給は「氷山の一角」

ANSWER ― 答え合わせ

店長の電卓に入っていなかった、2つのコスト

店長の計算には、2つのコストが抜けていた。

1つ目は深夜割増賃金。労働基準法により、22時から翌朝5時までの深夜労働には、通常の賃金の25%以上の割増賃金を支払わなければならない。浅井のシフトは22時〜翌3時。5時間すべてが深夜労働だ。時給1,250円は、実際には1,562円50銭になる。

2つ目は、社会保険料の会社負担(法定福利費)。週25時間働く浅井は、社会保険の加入対象になる。会社は、浅井の給料の約15%に相当する保険料を、自ら負担しなければならない。

浅井1人あたりの月の人件費(深夜5時間×月22日)
項目計算金額
基本の賃金1,250円×110時間137,500
深夜割増賃金(25%)1,250円×25%×110時間34,375
給料(総支給額)171,875
法定福利費(会社負担分・約15%と仮定)171,875円×15%25,781
会社が負担する人件費の合計197,656

会社の本当のコストは、時給から計算した金額の約1.44倍だった。しかも、これは最低限の金額だ。実際には、通勤手当、制服、採用広告費、研修中の人件費なども上乗せされる。

求人票の時給は、人件費という氷山の、海面から出ている部分にすぎない。給料・預り金・法定福利費を正しく仕訳できる人だけが、海面下の本当の大きさを知ることができる。

※社会保険の加入要件(労働時間・賃金・企業規模・学生でないことなど)や保険料率は、法令や加入する制度によって異なる。ここでは、会社負担の合計を給料の約15%と仮定して試算している。

05立替金 ― 本人が払うべきものを、会社が一時的に払う

従業員や取引先が本来負担すべき支払いを、会社が一時的に代わりに支払うことがある。このとき、後で返してもらう権利を立替金(資産)で処理する。従業員に対するものは、従業員立替金として区別することもある。

例題制服代の立替え

(1) おかわり堂は、アルバイトの浅井が個人で購入を希望した防寒用インナー(私物)の代金8,000円を、制服の業者に現金で立て替えて支払った。

(2) 月末の給料171,875円の支払いにあたり、(1)の立替額8,000円、所得税3,500円、社会保険料25,800円を差し引き、残額を普通預金から振り込んだ。

解答・解説を見る▼
仕訳(1) 従業員が負担すべき支払いの立替え
借方科目金額貸方科目金額
従業員立替金8,000現金8,000
仕訳(2) 給料から立替額を差し引いて回収する
借方科目金額貸方科目金額
給料171,875従業員立替金8,000
所得税預り金3,500
社会保険料預り金25,800
普通預金134,575

06深夜人件費のジレンマ ― 深夜営業は続けるべきか

最後に、おかわり堂が抱える経営課題を見ておこう。深夜帯は、割増賃金で人件費が25%以上も高くなる。一方で、客数は昼のピークに比べて少ない。それでも、京都の学生街の深夜には、根強い需要がある。

百万遍店・深夜帯(22時〜翌3時)の1日あたりの数字

深夜帯の売上

60,000円

客数120人×客単価500円

食材費(原価率35%)

21,000円

売上に比例して増減

深夜スタッフ2名の人件費

17,969円

割増・法定福利費込み

深夜帯の光熱費の増加分

3,000円

営業を続けることで増える分

THINK ― 判断してみよう

深夜営業を続けるか、やめるか

社長は言う。「深夜は人件費が高すぎる。全店、深夜1時で閉店しよう」。店長たちは「深夜の常連さんが離れてしまう」と反対している。上の数字をもとに、あなたなら、百万遍店の深夜営業をどう判断するか?

考え方の例を見る▼

判断の軸は、深夜営業を続けることで増える収益と、増える費用だけを比べることだ。

深夜帯の売上60,000円から、深夜営業をすることで発生する費用(食材費21,000円、深夜スタッフの人件費17,969円、光熱費の増加分3,000円)を引くと、1日あたり18,031円が残る。月30日なら約54万円だ。

ここで、店舗の家賃や、厨房設備の減価償却費を深夜帯に割り振って「深夜は赤字だ」と考えてはいけない。家賃は、深夜に店を閉めても1円も減らないからだ。深夜営業の追加的な収支がプラスである限り、深夜営業は店全体の利益を押し上げている。

ただし、条件は2つある。

  • 売上が損益の分岐点を下回っていないか:深夜の売上が1日35,000円まで落ちると、残りはわずか約1,800円になる。店舗ごとに深夜帯の売上を毎月追跡し、分岐点を割り込む店は閉店時間の繰り上げを検討する。
  • 安全と人の持続可能性:利益が出ても、深夜の1人勤務(ワンオペ)は防犯面でも労務面でも大きなリスクを抱える。かつて外食業界では、深夜の1人勤務が社会問題となり、多くの店舗が深夜営業の休止に追い込まれた。2名体制の維持は、利益計算の前提条件だ。

全店一律ではなく、店舗ごとに、数字で決める。それがこの問いへの答えだ。

07確認問題

問1次の一連の取引を仕訳しなさい。

(1) 従業員の給料300,000円の支払いにあたり、所得税9,000円と社会保険料(本人負担分)45,000円を差し引き、残額を普通預金から支払った。

(2) (1)の社会保険料について、本人負担分と同額の会社負担分を合わせて、普通預金から納付した。

(3) (1)の所得税を現金で納付した。

解答・解説を見る▼
仕訳(1)
借方科目金額貸方科目金額
給料300,000所得税預り金9,000
社会保険料預り金45,000
普通預金246,000
仕訳(2)
借方科目金額貸方科目金額
社会保険料預り金45,000普通預金90,000
法定福利費45,000
仕訳(3)
借方科目金額貸方科目金額
所得税預り金9,000現金9,000

問2従業員が負担すべき生命保険料12,000円を、会社が現金で立て替えて支払った。翌月の給料220,000円の支払いにあたり、この立替額と所得税4,500円を差し引き、残額を普通預金から振り込んだ。それぞれ仕訳をしなさい(立替金勘定を用いる)。

解答・解説を見る▼
仕訳立替時
借方科目金額貸方科目金額
立替金12,000現金12,000
仕訳給料支払時
借方科目金額貸方科目金額
給料220,000立替金12,000
所得税預り金4,500
普通預金203,500

問3次の空欄に当てはまる語句を答えなさい。

会社が負担する社会保険料は(ア)という(イ)の勘定で処理する。一方、従業員の給料から差し引いた社会保険料は(ウ)という(エ)の勘定で処理する。

解答・解説を見る▼

(ア)法定福利費 (イ)費用 (ウ)社会保険料預り金 (エ)負債

SUMMARY

この章のまとめ

  • ✓給料は総支給額で「給料」(費用)に計上し、天引きした税金・保険料は預り金(負債)で処理する
  • ✓預り金は従業員から預かったお金。納付したら預り金を減らす。手をつけてはいけないお金である
  • ✓社会保険料の会社負担分は「法定福利費」(費用)。納付時に計上するのが基本
  • ✓従業員などが負担すべき支払いを会社が立て替えたら立替金(資産)。給料から差し引いて回収することが多い
  • ✓時給だけでは人件費は語れない。深夜割増(25%以上)と法定福利費を含めた「本当のコスト」で考える
  • ✓深夜営業のような判断は、それによって増える収益と費用だけを比べる