簿ケースで学ぶ簿記3級
目次▼

PROLOGUE

序章黒字倒産と、簿記を学ぶ意味

なぜ、満席の人気店は「黒字」のまま潰れたのか?

毎晩行列ができる繁盛店が、利益を出したまま倒産する。この不可解な事件を解く鍵こそ、あなたがこれから学ぶ「簿記」だ。

読了目安 15分難易度 ★☆☆

GOALS

この章で学ぶこと

この章の目次▼
  1. 01「利益」と「お金」は、まったくの別物である
  2. 02まんぷく食堂の3年間を、数字で追いかける
  3. 03簿記とは「会社のカルテ」を書き、読む技術である
  4. 04簿記3級で身につく、6つの力
  5. 05簿記の全体像 ― 1年間の流れ
  6. 06試験の概要 ― 敵を知る
  7. 07登場する5つの会社

QUESTION ― この章の問い

行列の絶えない定食屋は、なぜ「黒字」のまま死んだのか

京都・百万遍。深夜まで学生の声が響くこの街に、行列の絶えない定食屋があった。

店の名は「まんぷく食堂」。から揚げ定食650円、ご飯おかわり無料。試験前の京大生が深夜1時に駆け込み、運動部員が大盛りをかき込む。開店から3年で4店舗。決算書の最終行には、毎年きっちり黒字の二文字が並んでいた。

そして4年目の秋。まんぷく食堂は、倒産した。

不正はなかった。食中毒もなかった。ライバルの値下げ攻勢も、客離れもなかった。利益は、最後まで出ていた。

では、なぜ死んだのか?

この問いの答えが分かったとき、あなたには、決算書の数字の裏側にあるお金の動きが見えるようになっている。

01「利益」と「お金」は、まったくの別物である

最初に、あなたの頭の中にある常識をひとつ壊しておきたい。

多くの人は「儲かっている会社には、お金がある」と思っている。「利益が出た」とは「お金が増えた」ことだと。

これは間違いだ。

利益とは、会計のルールに従って計算された「成績」にすぎない。一方、お金(キャッシュ)とは、いま金庫と銀行口座に実際にある「残高」だ。この2つは、驚くほど一致しない。

そして会社が死ぬのは、成績が悪いときではない。支払うべき日に、支払うお金がないときだ。従業員の給料、店の家賃、銀行への返済、食材の仕入代金。どれか1つでも払えなければ、その瞬間に会社は立ち行かなくなる。利益がいくら出ていようと、関係ない。

これを「黒字倒産」と呼ぶ。

02まんぷく食堂の3年間を、数字で追いかける

では、まんぷく食堂に何が起きたのか。当時の数字を再現してみよう。

1号店の月商は約600万円。原価と経費を差し引いても、毎月60万円ほどの利益が残る優良店だった。自信をつけたオーナーは、出店を加速させる。

まんぷく食堂、拡大の軌跡

  1. 1年目

    百万遍に1号店オープン

    自己資金と借入金で開業。初年度から黒字

  2. 2年目

    出町柳に2号店

    内装・厨房設備2,500万円、保証金500万円。銀行から2,000万円を借入

  3. 3年目

    今出川に3号店オープン、北白川で4号店に着工

    2店舗分の設備5,000万円と保証金1,000万円を支払う。追加で4,000万円を借入

  4. 4年目・春

    4号店の工事が2か月遅延

    売上ゼロのまま、家賃と研修中スタッフの給料が出ていく

  5. 4年目・秋

    月末の支払いに300万円足りず、事業停止

    決算書の上では、最後まで黒字だった

3年目の決算書(損益計算書)を見てみよう。

3年目の損益計算書(要約)
項目金額
売上高2億円
食材費・人件費・家賃などの費用1億8,800万円
当期純利益1,200万円

文句なしの黒字だ。銀行の担当者も「順調ですね」と笑っていた。

ところが同じ年、銀行口座の残高はこう動いていた。

3年目の「お金」の動き
項目金額
期首の現金残高900万円
+ 本業で稼いだ利益1,200万円
+ 減価償却費(費用だが、お金は出ていかない)1,000万円
- 新店2店舗の内装・厨房設備△5,000万円
- 新店2店舗の保証金(敷金)△1,000万円
- 借入金の元本返済△800万円
- 食材在庫の増加△200万円
- 前年度分の法人税などの納付△300万円
+ 銀行からの新規借入4,000万円
期末の現金残高△200万円

計算上、期末の残高はマイナス200万円。もちろん、口座がマイナスになることはない。実際には、その手前のある月末に「払えない日」が来た。それが4年目の秋だった。

利益は1,200万円出ているのに、お金は1,100万円も減っている。この「ズレ」の正体が、今回の問いの答えだ。

まんぷく食堂のオーナーは、損益計算書しか見ていなかった。「利益が出ているから大丈夫」と信じて、次々に店を出した。

もし彼が、もう1枚の決算書——貸借対照表——を読めていたら。現金がみるみる減り、代わりに「建物」「備品」「差入保証金」という、すぐにはお金に戻らない資産と、「借入金」という返済義務が膨れ上がっていく様子が、はっきり見えたはずだ。

ANSWER ― 答え合わせ

「黒字倒産」の正体

まんぷく食堂を殺したのは、赤字ではない。利益とキャッシュの「時間差」だ。

出店のための支出は「今」出ていく。しかし、それが費用として利益計算に反映されるのは「何年もかけて少しずつ」であり、保証金や借入返済に至っては、利益計算に一度も表れない。

損益計算書は「この1年の成績」を映す。貸借対照表は「いま会社が何を持ち、誰にいくら借りているか」を映す。この2枚をセットで読めなかったことが、まんぷく食堂の命取りになった。

そして、この2枚の決算書を作り、読むための技術こそが——簿記である。

03簿記とは「会社のカルテ」を書き、読む技術である

簿記(ぼき)とは「帳簿記入」の略だ。会社で起きたお金とモノの動きを、一定のルールで記録し、最終的に財務諸表(決算書)という報告書にまとめる技術である。

こう書くと地味に聞こえるかもしれない。だが、簿記が扱っているのは、会社の成績と財産そのものだ。

簿記とは、会社の成績表である財務諸表を作り、読み解くための技術だ。

株価は財務諸表をもとに動く。銀行は財務諸表を見て融資を決める。税務署は財務諸表をもとに税金を計算する。経営者は財務諸表を見て、出店するか撤退するかを決める。会社に関わる人の多くが、同じ財務諸表を見て判断している。

財務諸表を読めないままお金の判断をするのは、地図を持たずに知らない土地を歩くようなものだ。逆に、読める人には、他の人には見えない会社の実態が見えてくる。

財務諸表を「読む人」と、その目的
誰が何を知りたいか
経営者どの店が儲かっているか。次の出店資金はあるか
銀行この会社に貸したお金は、ちゃんと返ってくるか
投資家(株主)この会社の株は、将来もっと価値が上がるか
取引先掛けで売っても、代金を払ってもらえるか
税務署正しく利益を計算し、正しく税金を納めているか
就職・転職する人この会社は5年後も存在しているか

04簿記3級で身につく、6つの力

日商簿記3級は、この財務諸表の読み書きの基礎を、株式会社を舞台に学ぶ資格だ。本書を読み終えたとき、あなたは次の力を身につけている。

その1

仕訳

世界共通のビジネス言語(第1〜2章)

その2

キャッシュ管理

現金・預金を守る技術(第3〜4章)

その3

利益の源泉

商品売買と売上原価(第5〜6章)

その4

信用の管理

債権・債務・貸倒れ(第7〜11章)

その5

投資と所有

固定資産・株式・税金(第12〜15章)

その6

決算

財務諸表を完成させる(第16〜19章)

これらはすべて、2級(工業簿記・連結会計)、1級(会計基準の理論)、そして実際の経営判断やM&A、資金調達の現場へとまっすぐにつながっている。3級は「入門」ではあるが、決して「おまけ」ではない。ここで手に入れるOSの上に、すべての上級スキルがインストールされるのだ。

05簿記の全体像 ― 1年間の流れ

簿記の仕事は、1年間(会計期間)を単位としたサイクルで回っている。まずは全体の地図を頭に入れておこう。細部は各章で1つずつ学んでいく。

簿記の1年間(会計期間)の流れ

  1. 1

    取引が発生する

    商品を仕入れる、売る、給料を払う、バスを買う……会社の日常のすべてが出発点(第2章)

  2. 2

    仕訳(しわけ)をする

    取引を「借方」と「貸方」に分解して記録する。簿記のすべての土台(第2章〜第15章)

  3. 3

    総勘定元帳に転記する

    仕訳を「勘定」ごとに整理し直す(第2章・第16章)

  4. 4

    試算表で検算する

    記録に誤りがないかを、貸借の一致で確かめる(第17章)

  5. 5

    決算整理をする

    期末に「本当の利益」を計算するための修正を加える(第18章)

  6. 6

    財務諸表を作る

    損益計算書と貸借対照表を完成させ、帳簿を締め切る(第19章)

06試験の概要 ― 敵を知る

詳しい攻略法は「付録B 試験攻略マニュアル」で解説するが、ここで試験の輪郭をつかんでおこう。

日商簿記3級の試験概要
項目内容
試験方式統一試験(ペーパー:例年6月・11月・2月)/ネット試験(CBT:随時)
試験時間60分
配点・合格基準100点満点中、70点以上で合格
第1問(45点)仕訳問題 15問
第2問(20点)勘定記入、補助簿、伝票、語句選択など
第3問(35点)決算:財務諸表・精算表・決算整理後残高試算表の作成

※2027年4月1日以降の試験では、紙の手形・小切手の廃止などにあわせて出題区分が改定される予定です(2025年12月公表の暫定版)。本書は、2026年度(2027年3月まで)の試験に適用される現行の出題区分を完全にカバーしたうえで、2027年度からの変更点(2027年度〜・2027年度〜範囲外)も併記しています。

07登場する5つの会社

本書は、身近にある実在しそうなビジネスを舞台にしている。以下の5社が、章をまたいで何度も登場する。どの会社も、それぞれのやり方で経営の落とし穴と隣り合わせだ。

CASE FILE株式会社おかわり堂 ― 京都の学生街を制する牛丼・定食チェーン

百万遍・出町柳・今出川・衣笠など、京都の大学周辺に12店舗。牛すき丼(並)480円、定食はご飯おかわり無料。深夜3時まで営業し、勉強終わりの学生とアルバイト帰りの若者で埋まる。まんぷく食堂の倒産を間近で見た創業社長は、財務の専門家を役員に迎え、数字にもとづく経営に舵を切った。

店舗数

12店舗

京都市内の学生街

年商

約13億円

1店舗あたり月商900万円

食材原価率

33%

牛肉価格の高騰で上昇中

アルバイト

約240名

深夜帯は25%の割増賃金

主に登場する章:商品売買(第5・6章)、現金(第3章)、給料(第10章)、消費税(第14章)、決算(第18章)

CASE FILEナイトオウル交通株式会社 ― 夜行高速バス「OWL LINER」

東京と京都・大阪・広島・福岡を結ぶ夜行高速バス会社。全車3列独立シート、カーテン付きで「眠れる夜行バス」を売りにする。1台5,000万円の車両を20台保有し、乗車券はWebで1か月前から販売する。

保有車両

20台

3列独立シート・28席

車両1台の取得原価

5,000万円

架装費・登録費用込み

耐用年数

5年

定額法で償却

主に登場する章:取引と仕訳(第1・2章)、その他の債権債務(第9章)、固定資産と減価償却(第12章)、税金(第14章)

CASE FILE株式会社アイアンワークス ― 24時間ジム「IRONWORKS 24」

京都・大阪に8店舗を構える24時間営業のフィットネスジム。月会費7,980円、年払いなら10か月分の料金で12か月使える。パワーラックやトレッドミルなど高額マシンへの投資と、会費の「前受け」がビジネスの肝。

店舗数

8店舗

京都・大阪

会員数

約6,400名

1店舗あたり約800名

年払い会員の比率

30%

前払いで現金が先に入る

主に登場する章:預金(第4章)、クレジット売掛金(第7章)、経過勘定(第15章)

CASE FILE株式会社洛北ミート ― 飲食店の命綱を握る食肉卸

京都・洛北に本社を置く食肉の卸売業者。おかわり堂を含む約150の飲食店に、牛肉・豚肉・鶏肉を「月末締め・翌月末払い」の掛けで納める。売った瞬間ではなく、1〜2か月後にお金が入るビジネスだ。

取引先

約150店

京都・滋賀の飲食店

月商

約1億5,000万円

ほぼ全額が掛け売り

回収サイト

30〜60日

手形・でんさいも一部

主に登場する章:預金と小切手(第4章)、掛取引(第7章)、手形と電子記録債権(第8章)、貸倒れ(第11章)

CASE FILE株式会社シフトクラウド ― 赤字なのに資金が集まるSaaS

飲食店向けのシフト管理クラウドサービスを提供するスタートアップ。おかわり堂も顧客の1社。売上は毎年1.5倍で伸びているが、広告と開発への投資が先行し、毎年数億円の赤字を出している。それでも投資家は列をなす。

年間契約売上(ARR)

6億円

前年比150%

当期純損失

△4億円

成長投資が先行

主に登場する章:株式会社と純資産(第13章)、終章

※本書に登場する企業・人物・数値は、すべて学習用に設計した架空のものです。


最後に、本書の読み方について。

各章の冒頭には、身近な会社で起こりうる問いを1つ置いている。その答えは、必ずその章で学ぶ簿記のルールの中にある。

ルールを覚えるだけでなく、ルールが生まれた理由まで理解してほしい。そうすれば、試験の仕訳は「暗記」ではなく「当たり前」に変わる。

SUMMARY

序章のまとめ

  • ✓利益(成績)と現金(残高)は別物。会社は「赤字」ではなく「支払えないこと」で死ぬ
  • ✓設備投資・保証金・借入金の返済・在庫・税金は、利益と現金のズレを生む5大要因
  • ✓損益計算書は「1年間の成績」、貸借対照表は「いまの財産と借金」を映す。2枚セットで読む
  • ✓簿記とは、財務諸表を作り、読むための技術。会社に関わるあらゆる判断の土台になる
  • ✓3級の試験は「仕訳(45点)」と「決算(35点)」が勝負どころ