簿ケースで学ぶ簿記3級
目次▼

第5部 未来への投資と、会社の持ち主

第13章株式会社と純資産(資本金・繰越利益剰余金・配当)

毎年赤字のSaaS企業に、なぜ投資家は30億円を出すのか?

4年連続の赤字、累積赤字は10億円。それでも投資家は30億円の小切手を切った。株式会社という仕組み、株式の発行、利益の蓄積である繰越利益剰余金、そして株主への配当。「会社は誰のものか」を、純資産の勘定から読み解く。

読了目安 30分難易度 ★★☆

GOALS

この章で学ぶこと

この章の目次▼
  1. 01株式会社 ― 「お金を出す人」と「経営する人」を分ける発明
  2. 02株式の発行 ― 出資されたお金は「資本金」
  3. 03繰越利益剰余金 ― 会社が稼いだ利益の「貯金箱」
  4. 04答え合わせ ― 投資家は「決算書」ではなく「未来の利益」を買っている
  5. 05剰余金の配当 ― 株主への「利益の分配」
  6. 06確認問題

QUESTION ― この章の問い

累積赤字10億円の会社に、30億円が集まった日

飲食店向けのシフト管理クラウド「シフトクラウド」。創業から4年、売上は毎年1.5倍のペースで伸び、年間の契約売上(ARR)は6億円に達した。

だが、決算書の最終行は、創業以来ずっと赤字だ。今期の当期純損失は4億円。4年間の赤字を積み上げた累積赤字は10億円。預金の残高は4億円しかなく、このままのペースでお金を使い続ければ、約1年で資金が尽きる。

普通の会社なら、銀行は融資をためらうだろう。だが、この年の秋、シフトクラウドはベンチャーキャピタル数社から、30億円の出資を受けることに成功した。

毎年赤字を出し、累積赤字が10億円に達した会社に、なぜプロの投資家たちは30億円もの大金を投じたのか?

01株式会社 ― 「お金を出す人」と「経営する人」を分ける発明

問いを解く前に、株式会社の仕組みを押さえておこう。

株式会社は、多くの人から少しずつお金を集めて、1人では始められない大きな事業を行うための仕組みだ。会社にお金を出した人には、その証として株式が発行される。株式を持つ人を株主という。

株式会社の主な登場人物
登場人物役割
株主会社にお金を出資し、株式を持つ。会社の持ち主。株主総会で重要な事項を決める
株主総会株主が集まる、会社の最高意思決定機関。取締役の選任や配当の決定などを行う
取締役株主から経営を任された人。会社の業務を決定・執行する

02株式の発行 ― 出資されたお金は「資本金」

株式会社が株式を発行して出資を受けたら、払い込まれた金額を資本金(純資産)として処理する。会社の設立時に株式を発行する場合も、設立後に新たに株式を発行する場合(増資)も、3級では払込金額の全額を資本金とする。

例題シフトクラウドの設立と増資

(1) 創業時、株式200株を1株あたり50,000円で発行し、全額の払込みを受けて普通預金とした。

(2) 4年後、ベンチャーキャピタル数社に対して、株式2,000株を1株あたり1,500,000円で発行し、払込金額は普通預金に入金された。

解答・解説を見る▼
仕訳(1) 設立時:200株×50,000円=10,000,000円
借方科目金額貸方科目金額
普通預金10,000,000資本金10,000,000
仕訳(2) 増資:2,000株×1,500,000円=3,000,000,000円
借方科目金額貸方科目金額
普通預金3,000,000,000資本金3,000,000,000

同じ会社の株式が、創業時は1株5万円、4年後は1株150万円。投資家は、4年間で会社の価値が30倍になったと評価したことになる。

※創業から今回の増資までの間にも2回の増資を行っており、増資直前の資本金は12億円になっていた。

※2級では、払込金額のうち2分の1までを資本金としないで「資本準備金」とする処理を学ぶ。3級では、問題文に特に指示がない限り、全額を資本金とする。

03繰越利益剰余金 ― 会社が稼いだ利益の「貯金箱」

株主が出したお金が資本金なら、会社が自分で稼いだ利益はどこへ行くのか。答えは繰越利益剰余金(くりこしりえきじょうよきん・純資産)だ。

決算で計算された当期純利益は、繰越利益剰余金に振り替えられ、純資産を増やす。逆に当期純損失が出れば、繰越利益剰余金を減らす。詳しい手続きは第19章で学ぶが、ここでは流れだけを押さえておこう。

仕訳決算:当期純利益5,000,000円を、繰越利益剰余金に振り替えた(損益勘定から振り替える)
借方科目金額貸方科目金額
損益5,000,000繰越利益剰余金5,000,000
仕訳決算:当期純損失400,000,000円を、繰越利益剰余金に振り替えた
借方科目金額貸方科目金額
繰越利益剰余金400,000,000損益400,000,000

※「損益」は、決算のときに収益と費用をすべて集めて当期純損益を計算するための勘定(第19章)。

赤字が続けば、繰越利益剰余金はマイナス(借方残高)になる。シフトクラウドの繰越利益剰余金は、4年間の赤字が積み重なって△10億円。株主が出した資本金のうち、10億円分を事業のために「使い果たした」状態だ。

資産 5億円
負債・純資産 5億円
普通預金
4億円
その他の資産 1億円
前受金 2億円
その他の負債 1億円
純資産 2億円
(資本金12億円-
繰越利益剰余金△10億円)
シフトクラウドの貸借対照表(増資の直前)

04答え合わせ ― 投資家は「決算書」ではなく「未来の利益」を買っている

ANSWER ― 答え合わせ

赤字の正体は「将来の売上を買うための投資」だった

投資家たちが見ていたのは、損益計算書の最終行ではない。赤字の中身だ。

シフトクラウドの費用の多くは、新しい顧客を獲得するための広告費や営業担当者の人件費、そしてサービスを改良する開発者の人件費だった。会計のルールでは、これらは使った年の費用になる。だが、その効果は何年にもわたって続く。

1店舗の顧客を獲得するのにかかる費用は約18万円。一方、獲得した店舗は月額15,000円を払い、平均で約100か月(8年以上)使い続ける。サーバー代などを差し引いた粗利は、1店舗あたり約120万円だ。

シフトクラウドの「1店舗あたり」の経済性(ユニットエコノミクス)

顧客獲得コスト(CAC)

18万円

獲得した年に全額費用になる

月額利用料

15,000円

粗利率80%

平均利用期間

約100か月

月間解約率1%

顧客生涯の粗利(LTV)

120万円

15,000円×80%×100か月

LTV÷CAC

約6.7倍

3倍以上なら優秀とされる

今期、シフトクラウドは約1,800店舗を新たに獲得し、そのための費用3億円以上を、今期の費用として計上した。会計上は大赤字だ。だが、その1,800店舗は、これから何年もかけて、獲得費用の数倍の粗利を生み出し続ける。

つまり、シフトクラウドの赤字は、「お金を失った」赤字ではなく、「将来の売上を前払いで買った」赤字なのだ。成長を速めるほど、目先の赤字は大きくなる。投資家は、この赤字の「質」を見抜き、30億円という燃料を注ぎ込んだのである。

増資によって、貸借対照表の資本金は42億円に、純資産は32億円に回復した。預金は34億円。約1年だった資金の余命は、一気に数年に延びた。

05剰余金の配当 ― 株主への「利益の分配」

最後に、黒字の会社の話をしよう。おかわり堂は、毎年安定して利益を出し、繰越利益剰余金を積み上げてきた。株主総会で、株主に利益の一部を分配することが決まった。これを剰余金の配当という。

配当は、株主総会の決議によって決まり、その後に支払われる。決議の時点では、まだお金は支払っていないので、株主に支払う義務を未払配当金(負債)として計上する。

配当で使う勘定科目
勘定科目要素内容
繰越利益剰余金純資産配当の原資。配当すると減る
未払配当金負債決議された配当金のうち、まだ支払っていない額
利益準備金純資産配当にあわせて、会社法の規定により積み立てる準備金

例題おかわり堂の株主総会

(1) 6月の定時株主総会で、繰越利益剰余金を財源として、株主配当金3,000,000円を支払うことと、利益準備金300,000円を積み立てることが決議された。

(2) 7月、株主配当金3,000,000円を普通預金から支払った。

解答・解説を見る▼
仕訳(1) 決議時:繰越利益剰余金を減らし、未払配当金と利益準備金に振り替える
借方科目金額貸方科目金額
繰越利益剰余金3,300,000未払配当金3,000,000
利益準備金300,000
仕訳(2) 支払時
借方科目金額貸方科目金額
未払配当金3,000,000普通預金3,000,000
3級で登場する純資産の勘定
勘定科目内容
資本金株主が払い込んだ金額
利益準備金配当にあわせて積み立てた準備金(会社の利益が原資)
繰越利益剰余金会社が稼いだ利益の蓄積のうち、配当などに使っていない部分

THINK ― 判断してみよう

利益をどう使うか ― 配当か、出店か、返済か

おかわり堂は今期、7,000万円の当期純利益を出す見込みだ。手元の預金にも余裕がある。経営会議では意見が割れた。社長は「株主に報いたい。配当を倍にしよう」。営業担当の役員は「京都市外に3店舗出店するべきだ」。財務担当は「借入金を前倒しで返したい」。あなたなら、どう考えるか?

考え方の例を見る▼

これは資本配分と呼ばれる、経営の最も重要な判断の1つだ。判断の軸は「その1円を、どこに使えば最も価値を生むか」である。

  • 出店の採算を数字で確かめる:新店1店舗の投資額(内装・設備・保証金)と、見込まれる年間の利益(減価償却費を足し戻したキャッシュ)を比べ、何年で投資を回収できるかを計算する。牛肉高騰で原価率が上がっている今、既存店と同じ収益力が出せるのかを、厳しく見積もる。
  • 株主が期待するリターンを意識する:株主は、自分のお金を会社に預けている以上、一定のリターンを期待している。出店のリターンがそれを上回るなら出店を、下回るなら配当などで株主に返すほうが合理的だ。
  • 財務の安全性を確保する:序章のまんぷく食堂の教訓を忘れてはいけない。出店で資金を使いすぎず、借入金の返済計画に無理がないかを、資金繰り表で確かめる。
  • 配当方針は一貫させる:配当は、一度増やすと減らしにくい。利益に対する配当の割合(配当性向)の目安を決め、毎期その方針に沿って配当することで、株主の信頼を得られる。

結論は、全部を少しずつではなく、数字で優先順位をつけることだ。「配当を倍に」の前に、出店のリターンと資金繰りのシミュレーションを経営会議に出そう。

06確認問題

問1次の取引を仕訳しなさい。

(1) 会社の設立にあたり、株式500株を1株あたり60,000円で発行し、全額の払込みを受けて普通預金とした。

(2) 増資のため、株式200株を1株あたり80,000円で発行し、払込金額は当座預金に入金された。

解答・解説を見る▼
仕訳(1) 500株×60,000円
借方科目金額貸方科目金額
普通預金30,000,000資本金30,000,000
仕訳(2) 200株×80,000円
借方科目金額貸方科目金額
当座預金16,000,000資本金16,000,000

問2次の一連の取引を仕訳しなさい。

(1) 株主総会で、繰越利益剰余金を財源として、株主配当金1,000,000円の支払いと、利益準備金100,000円の積立てが決議された。

(2) (1)の配当金を普通預金から支払った。

解答・解説を見る▼
仕訳(1)
借方科目金額貸方科目金額
繰越利益剰余金1,100,000未払配当金1,000,000
利益準備金100,000
仕訳(2)
借方科目金額貸方科目金額
未払配当金1,000,000普通預金1,000,000

問3決算で、当期純損失2,000,000円が計算された。繰越利益剰余金勘定への振替仕訳をしなさい。

解答・解説を見る▼
仕訳純損失は繰越利益剰余金を減らす(借方)
借方科目金額貸方科目金額
繰越利益剰余金2,000,000損益2,000,000

問41店舗あたりの顧客獲得コストが30万円、月額利用料が1万円(粗利率80%)、平均利用期間が30か月のサービスがある。LTV(顧客生涯の粗利)とLTV÷CACを求め、このサービスの成長について考えを述べなさい。

解答・解説を見る▼

LTV=1万円×80%×30か月=24万円。LTV÷CAC=24万円÷30万円=0.8倍。

1店舗を獲得するたびに、獲得費用を回収できずに損をする構造になっている。この状態で広告費を増やして成長を速めると、赤字は「投資」ではなく「出血」になる。解約率を下げて平均利用期間を延ばすか、獲得コストを下げるか、利用料を見直すなど、成長の前にユニットエコノミクスの改善が必要だ。

SUMMARY

この章のまとめ

  • ✓株式会社は、株主(出資者・有限責任)と取締役(経営者)を分けて、大きな資金を集める仕組み
  • ✓株式を発行したら、3級では払込金額の全額を資本金(純資産)とする
  • ✓当期純利益は繰越利益剰余金を増やし、当期純損失は減らす。繰越利益剰余金は利益の蓄積
  • ✓配当の決議時は「繰越利益剰余金/未払配当金・利益準備金」、支払時は「未払配当金/預金」
  • ✓利益準備金は、配当で会社の財産を空っぽにしないための安全装置
  • ✓会計上の赤字でも、その中身が将来の売上を生む投資なら、投資家は資金を出す。赤字の「質」を見抜くことが大切