第4部 信用という名の時限爆弾
ある朝、1,000万円の売掛金が紙くずになった。
得意先の倒産で、1,000万円の売掛金が回収不能になった。なのに、今期の損失は550万円しか計上されなかった。残りの450万円は、どこへ消えたのか。「まだ起きていない損失」を先回りして記録する、貸倒引当金の知恵を学ぶ。
GOALS
この章で学ぶこと
- ▸貸倒れの意味と、貸倒損失の仕訳を理解する
- ▸貸倒引当金を差額補充法で設定できる(繰入・戻入)
- ▸前期以前に発生した債権の貸倒れを、貸倒引当金を使って処理できる
- ▸償却債権取立益の仕訳ができる
- ▸引当金の背後にある「費用収益対応」と「保守主義」の考え方を理解する
この章の目次▼
QUESTION ― この章の問い
消えた1,000万円と、計上されなかった450万円
5月20日の朝。洛北ミートの社長のスマートフォンに、1本のニュース速報が届いた。
「焼肉チェーン『牛将(ぎゅうしょう)』、破産手続き開始を申し立て」
京都と滋賀に12店舗を展開する、洛北ミートの大口得意先だった。洛北ミートが牛将に対して持っている売掛金は、ちょうど1,000万円。2月と3月に納めた肉の代金だ。破産となれば、ほぼ回収できない。
社長は頭を抱えた。「今期の利益から、1,000万円がまるごと吹き飛ぶ……」
だが、報告に来た経理部長の答えは意外なものだった。
「社長、今期の損益計算書に載る損失は、550万円です」
1,000万円の売掛金が紙くずになったのに、損失は550万円。残りの450万円は、いったいどこへ消えたのか?
01貸倒れ ― 売った代金が、二度と戻らないとき
得意先の倒産などによって、売掛金や受取手形などの債権が回収できなくなることを、貸倒れ(かしだおれ)という。
第7章で見たとおり、掛けで売ることは「得意先にお金を貸している」のと同じだ。貸したお金が返ってこなければ、それは会社にとっての損失になる。
当期に発生した債権が貸し倒れたら ― 貸倒損失
当期に販売して発生した売掛金が、当期中に貸し倒れた場合は、その金額を貸倒損失(費用)として処理する。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒損失 | 300,000 | 売掛金 | 300,000 |
ここまでは素直な処理だ。問題は、前期に販売した代金が、当期になって貸し倒れた場合である。問いの鍵は、そこにある。
02貸倒引当金 ― 「まだ起きていない損失」を先に費用にする
なぜ、起きていない損失を記録するのか
洛北ミートの得意先は約150店。毎年、そのうちの何店かは、残念ながら倒産したり夜逃げしたりして、代金が回収できなくなる。過去の実績を調べると、期末の売掛金のおよそ2%が、翌期に貸し倒れていた。
つまり、期末に2億2,500万円の売掛金があれば、そのうち450万円くらいは、来期のどこかで回収できなくなる可能性が高い。どの得意先が倒れるかは分からない。だが、全体としては、それくらいの損失が出ることがほぼ確実に予想できる。
この予想される損失を、今期の費用として先に計上し、同時に「売掛金のうち回収できないと見込まれる額」を記録しておく。そのための勘定が貸倒引当金(かしだおれひきあてきん)だ。
差額補充法 ― 不足分だけを補充する
3級では、貸倒引当金を差額補充法で設定する。決算日に、期末の売掛金などの残高に貸倒実績率をかけて、必要な貸倒引当金の額(設定額)を計算する。そして、すでにある貸倒引当金の残高との差額だけを補充する。
FORMULA ― 公式
差額補充法
設定額 = 期末の売上債権の残高 × 貸倒実績率
繰入額 = 設定額 - 貸倒引当金の期末残高(決算整理前)
例題洛北ミート・前期末の決算整理
前期末(3月31日)の売掛金の残高は225,000,000円。貸倒実績率2%で貸倒引当金を差額補充法により設定する。決算整理前の貸倒引当金の残高は1,200,000円だった。
解答・解説を見る▼
設定額 = 225,000,000 × 2% = 4,500,000円
繰入額 = 4,500,000 - 1,200,000 = 3,300,000円
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒引当金繰入 | 3,300,000 | 貸倒引当金 | 3,300,000 |
貸倒引当金繰入は費用、貸倒引当金は売掛金のマイナスを表す勘定(貸方残高)だ。これで、貸倒引当金の残高は設定額の4,500,000円になった。
設定額より、すでにある残高のほうが大きいこともある。その場合は、多すぎる分を取り崩して、貸倒引当金戻入(収益)とする。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒引当金 | 150,000 | 貸倒引当金戻入 | 150,000 |
03前期以前の債権が貸し倒れたら ― 引当金を取り崩す
さて、5月20日の牛将の破産に戻ろう。牛将の売掛金1,000万円は、前期の2月と3月に販売した代金だ。そして前期末に、洛北ミートは貸倒引当金を450万円設定していた。
前期以前に発生した債権が貸し倒れたときは、まず貸倒引当金を取り崩して充てる。引当金で足りない分だけを、貸倒損失とする。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒引当金 | 4,500,000 | 売掛金 | 10,000,000 |
| 貸倒損失 | 5,500,000 |
| 貸倒引当金(前期) | |||
|---|---|---|---|
| 借方 | 貸方 | ||
| 前期繰越 | 1,200,000 | ||
| 次期繰越 | 4,500,000 | 3/31 貸倒引当金繰入 | 3,300,000 |
| 4,500,000 | 4,500,000 | ||
| 貸倒引当金(当期) | |||
|---|---|---|---|
| 借方 | 貸方 | ||
| 5/20 売掛金 | 4,500,000 | 4/1 前期繰越 | 4,500,000 |
ANSWER ― 答え合わせ
450万円は「去年」すでに費用になっていた
1,000万円の売掛金が紙くずになったのに、今期の損失が550万円だったのは、残りの450万円が、前期の決算ですでに費用として計上されていたからだ。
前期末、洛北ミートは「来期、売掛金の2%くらいは回収できなくなるだろう」と見込み、貸倒引当金を450万円まで積み増した。そのとき「貸倒引当金繰入」という費用が前期の損益計算書に計上され、前期の利益はその分だけ小さくなっていた。
今期、実際に貸倒れが起きたとき、その備えを取り崩して損失に充てた。だから今期の損益計算書に新たに載るのは、備えを超えた部分、つまり550万円の貸倒損失だけなのだ。
牛将への販売で生まれた売上は前期のもの。その売上が抱えていたリスクのコストも、可能な限り前期に負担させる。貸倒引当金は、損失を「起きた日」ではなく「原因が生まれた期」に記録するための、会計上の工夫である。
※当期に発生した債権が当期中に貸し倒れた場合は、貸倒引当金の残高があっても取り崩さず、全額を貸倒損失とする。貸倒引当金は「前期末の債権」に対する備えだからだ。
04償却債権取立益 ― 諦めた代金が戻ってきたら
半年後、牛将の破産手続きが進み、残っていた財産が債権者に分配された。洛北ミートにも、1,000万円の債権のうち3%、30万円が普通預金に振り込まれた。
前期以前に貸倒れとして処理した債権が、後になって回収できた場合は、償却債権取立益(しょうきゃくさいけんとりたてえき・収益)で処理する。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 普通預金 | 300,000 | 償却債権取立益 | 300,000 |
THINK ― 判断してみよう
牛将の次は、どこが倒れるか
牛将の破産で、洛北ミートの経営陣は震え上がった。売掛金の残高上位10社の中には、ほかにも急拡大を続けるチェーン店がいくつかある。あなたなら、二度と同じ目に遭わないために、どんな手を打つか?
考え方の例を見る▼
貸倒引当金は、損失を「記録」する道具であって、損失を「防ぐ」道具ではない。本当にすべきは、貸倒れそのものを減らす与信管理だ。
- 与信限度額の設定:得意先ごとに、売掛金の上限(与信枠)を決める。財務内容や支払実績をもとに、限度額を超える注文は前払いや短いサイトでしか受けない。
- 早期警戒サインの監視:支払いの遅れ、支払サイトの延長の申し入れ、急な大量注文、経理担当者の頻繁な交代、取引銀行の変更。倒産する会社には、たいてい前兆がある。牛将も、倒れる3か月前から支払いが遅れがちだった。売掛金元帳を毎週チェックしていれば、気づけたはずだ。
- 集中リスクの分散:1社への売上が大きすぎると、その1社の倒産が致命傷になる。上位得意先への依存度を下げる。
- 保険と担保:取引信用保険への加入や、保証金の預かりも検討する。
- 会計上の見直し:景気の悪化や業界の異変が見えたら、過去の実績率にとらわれず、貸倒実績率の見直しや、リスクの高い得意先への個別の引当て(2級以降で学ぶ)を検討する。
数字は過去の結果だが、与信管理は未来の損失を防ぐ。両方がそろって初めて、売掛金は「安全な資産」になる。
05確認問題
問1次の取引を仕訳しなさい。
(1) 当期に掛けで販売した得意先が倒産し、売掛金200,000円が回収不能となった。
(2) 前期に発生した売掛金300,000円が回収不能となった。貸倒引当金の残高は250,000円である。
(3) 前期に貸倒れとして処理した売掛金80,000円を、現金で回収した。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒損失 | 200,000 | 売掛金 | 200,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒引当金 | 250,000 | 売掛金 | 300,000 |
| 貸倒損失 | 50,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金 | 80,000 | 償却債権取立益 | 80,000 |
問2決算にあたり、売掛金1,600,000円と受取手形400,000円の期末残高に対して、2%の貸倒引当金を差額補充法により設定する。決算整理前の貸倒引当金の残高が(1)15,000円の場合と、(2)50,000円の場合の、それぞれの決算整理仕訳をしなさい。
解答・解説を見る▼
設定額=(1,600,000+400,000)×2%=40,000円
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒引当金繰入 | 25,000 | 貸倒引当金 | 25,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒引当金 | 10,000 | 貸倒引当金戻入 | 10,000 |
問3期首の貸倒引当金の残高は30,000円だった。期中に、前期発生の売掛金20,000円が貸し倒れた。期末の売掛金残高は1,500,000円で、貸倒実績率は2%である。(1)期中の貸倒れの仕訳と、(2)決算整理仕訳をしなさい。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒引当金 | 20,000 | 売掛金 | 20,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 貸倒引当金繰入 | 20,000 | 貸倒引当金 | 20,000 |
期中の取崩しで、決算整理前の残高は30,000-20,000=10,000円に減っている。ここを見落とさないこと。
SUMMARY
この章のまとめ
- ✓売掛金などが回収不能になることを貸倒れという。当期発生の債権の貸倒れは全額「貸倒損失」
- ✓決算では、期末の債権に貸倒実績率をかけて貸倒引当金を設定する(差額補充法)。不足は「繰入」、超過は「戻入」
- ✓前期以前に発生した債権の貸倒れは、まず貸倒引当金を取り崩し、不足分を貸倒損失とする
- ✓前期以前に貸倒れ処理した債権を回収したら「償却債権取立益」
- ✓貸倒引当金は、損失を「原因が生まれた期」に負担させるための評価勘定(費用収益対応・保守主義)
- ✓引当金は見積りであり、操作の誘惑もある。正直な見積りと、日々の与信管理がセットで会社を守る