第4部 信用という名の時限爆弾
紙切れ1枚が、黒字の会社を「即死」させる。
期日に必ず支払うと約束した証書、約束手形。その強力さゆえに、たった1枚の不渡りが連鎖倒産を引き起こしてきた。紙の手形から「でんさい」へ。日本の企業間決済の大転換期に、債権と債務の記録を学ぶ。
GOALS
この章で学ぶこと
- ▸約束手形の振出し・受取り・決済の仕訳ができる
- ▸受取手形記入帳・支払手形記入帳を読み取れる
- ▸電子記録債権・電子記録債務の発生と決済の仕訳ができる
- ▸手形貸付金・手形借入金を理解する
- ▸手形が「連鎖倒産」を引き起こす仕組みと、2026〜2027年の制度変更を知る
この章の目次▼
QUESTION ― この章の問い
黒字の老舗精肉店は、なぜ1枚の紙で倒れたのか
京都・錦市場のほど近くに、創業70年の精肉店があった。料亭や割烹に高級和牛を卸し、決算は毎年黒字。借金もほとんどない優良企業だった。
ある年の秋、その店が倒産した。
引き金は、大口の得意先だった料亭グループの倒産だ。精肉店は、料亭グループから受け取っていた約束手形、合計2,800万円分を手元に持っていた。期日になれば、確実に現金化できるはずの手形だった。
だが、料亭グループの倒産で、それらの手形は1枚残らず不渡りになった。精肉店は、その手形の入金をあてにして、自らも畜産業者に手形を振り出していた。
入るはずの2,800万円が入らない。支払うはずの手形の期日は迫る。銀行は追加の融資を断った。そして——。
黒字で、借金もなかった老舗を倒したのは、たった数枚の「紙切れ」だった。なぜ、手形はこれほど恐ろしいのか?
01約束手形 ― 「期日に必ず払います」という証書
約束手形(やくそくてがた)とは、振り出した人(振出人)が、受け取った人(名あて人=受取人)に対して、決められた期日に、決められた金額を支払うことを約束する証書だ。
掛取引では、支払いの約束は口約束や請求書にすぎない。それに対して手形は、法律(手形法)にもとづく強力な証書で、期日に支払わなければ「不渡り」という重い制裁が待っている。だからこそ、受け取る側は安心して代金の受け取りを待つことができた。
約束手形の流れ
- 1
おかわり堂が手形を振り出す
洛北ミートから牛肉を仕入れ、代金として「3か月後の期日に支払う」約束手形を渡す
- 2
洛北ミートが手形を受け取る
期日まで手形を保管する。期日前に銀行で取立てを依頼する
- 3
期日に決済される
おかわり堂の当座預金から引き落とされ、洛北ミートの当座預金に入金される
手形の仕訳 ― 受け取ったら「受取手形」、振り出したら「支払手形」
商品売買の代金として手形を受け取ったら受取手形(資産)、振り出したら支払手形(負債)で処理する。
例題おかわり堂と洛北ミートの手形取引
(1) おかわり堂は、洛北ミートから牛肉800,000円を仕入れ、代金は約束手形を振り出して支払った。
(2) 3か月後の期日に、(1)の手形が決済され、おかわり堂の当座預金から引き落とされた(洛北ミートの当座預金に入金された)。
それぞれ、おかわり堂と洛北ミートの仕訳をしなさい。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 仕入 | 800,000 | 支払手形 | 800,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 受取手形 | 800,000 | 売上 | 800,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 支払手形 | 800,000 | 当座預金 | 800,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 当座預金 | 800,000 | 受取手形 | 800,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 受取手形 | 1,200,000 | 売掛金 | 1,200,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 買掛金 | 1,200,000 | 支払手形 | 1,200,000 |
02受取手形記入帳と支払手形記入帳
手形は、1枚ごとに振出人、期日、支払場所(銀行)、金額が異なる。そこで、手形の明細を1枚ずつ記録する補助簿として、受取手形記入帳と支払手形記入帳を設ける。
| 日付 | 手形種類 | 手形番号 | 摘要 | 支払人 | 振出人 | 振出日 | 満期日 | 支払場所 | 手形金額 | てん末 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 6/10 | 約手 | 18 | 売上 | おかわり堂 | おかわり堂 | 6/10 | 9/10 | 京都中央銀行 | 800,000 | 9/10 入金 |
| 7/31 | 約手 | 25 | 売掛金 | 居酒屋A | 居酒屋A | 7/31 | 10/31 | 洛北信用金庫 | 1,200,000 |
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※「摘要」欄には、手形を受け取ったときの仕訳の相手勘定(売上・売掛金など)が書かれる。「てん末」欄には、その手形がどうなったか(入金・不渡りなど)を記入する。第2問では、この記入帳から仕訳を読み取る問題がよく出る。たとえば上の1行目からは「受取手形 800,000 / 売上 800,000」と「当座預金 800,000 / 受取手形 800,000」の2つの仕訳が読み取れる。
03答え合わせ ― 手形は「信用の連鎖」でできている
ANSWER ― 答え合わせ
不渡りは、ドミノのように倒れていく
老舗精肉店を倒したのは、手形の強制力そのものだった。
精肉店は、料亭グループから受け取った手形の入金を前提に、自らも畜産業者へ手形を振り出していた。手形を受け取った側は、さらにその入金をあてにして、別の支払いの計画を立てる。手形は、多くの会社の資金繰りを数珠つなぎにしていたのである。
料亭グループが倒れると、受取手形2,800万円は一瞬で回収不能になった。それでも、精肉店が振り出した手形は、期日に必ず決済しなければならない。払えなければ不渡りだ。銀行は「回収不能の手形を抱えた会社」に追加融資をしなかった。こうして、黒字の精肉店も不渡りを出し、連鎖倒産に至った。
手形は、期日に支払われる限り、強力で便利な道具だ。しかしその強制力は、裏を返せば「1社の倒産が、手形でつながった会社を次々と道連れにする」仕組みでもあった。
04電子記録債権・電子記録債務 ― 紙を使わない「手形」
紙の手形には、作成・保管・郵送の手間や、紛失・盗難のリスク、収入印紙の負担があった。そこで生まれたのが、電子記録債権だ。
電子記録債権は、銀行などが参加する電子債権記録機関のシステムに「発生記録」を登録することで生まれる、電子的な債権だ。代表的なものに、全国銀行協会が設立した「でんさいネット」がある。紙の手形と同じように期日に自動決済され、支払われなければ不渡りと同様の制裁(取引停止処分)がある。
| 項目 | 約束手形 | 電子記録債権 |
|---|---|---|
| 形 | 紙の証書 | 電子債権記録機関の記録 |
| 発生のさせ方 | 手形を振り出して渡す | 取引銀行を通じて発生記録を請求する |
| 収入印紙 | 必要(金額による) | 不要 |
| 紛失・盗難のリスク | ある | ない |
| 分割 | できない | 必要な金額だけ分割して譲渡・割引できる |
| 債権者の勘定 | 受取手形 | 電子記録債権 |
| 債務者の勘定 | 支払手形 | 電子記録債務 |
例題洛北ミートと電子記録債権
(1) おかわり堂は、洛北ミートに対する買掛金500,000円の支払いのため、取引銀行を通じて電子記録債務の発生記録を行った。洛北ミートは、取引銀行から電子記録債権の発生記録の通知を受けた。
(2) 支払期日が到来し、おかわり堂の当座預金から洛北ミートの当座預金に500,000円が支払われた。
それぞれの仕訳をしなさい。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 買掛金 | 500,000 | 電子記録債務 | 500,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 電子記録債権 | 500,000 | 売掛金 | 500,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 電子記録債務 | 500,000 | 当座預金 | 500,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 当座預金 | 500,000 | 電子記録債権 | 500,000 |
05手形貸付金・手形借入金 ― お金の貸し借りに使う手形
手形は、商品売買の代金の支払いだけでなく、お金の貸し借りにも使われる。借りる側が、貸す側に対して約束手形を振り出して渡すのだ。こうして手形を使ってお金を貸し借りしたときは、商品売買の手形と区別して、手形貸付金(資産)・手形借入金(負債)で処理する。
銀行から短期の運転資金を借りるときに、手形を差し入れる方法(手形貸付)がよく使われてきた。
例題洛北ミートの手形借入れ
(1) 洛北ミートは、京都中央銀行から運転資金3,000,000円を借り入れ、同額の約束手形を振り出して渡した。利息45,000円を差し引かれた残額が当座預金に入金された。
(2) 期日に、借入金を当座預金から返済した。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 当座預金 | 2,955,000 | 手形借入金 | 3,000,000 |
| 支払利息 | 45,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 手形借入金 | 3,000,000 | 当座預金 | 3,000,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 手形貸付金 | 500,000 | 現金 | 500,000 |
06紙の手形の「終わり」と、試験への影響
日本の企業間決済は、いま大きな転換点にある。
手形・小切手をめぐる主な動き
2013年
でんさいネットが業務を開始
電子記録債権の普及が始まる
2022年11月
全国の手形交換所が「電子交換所」に移行
紙の手形・小切手の交換を電子化
2026年1月
改正下請法(取適法)が施行
対象取引での手形払いが禁止される
2027年3月末
紙の手形・小切手の利用廃止(予定)
金融界が電子的な決済手段への全面移行をめざす
2027年4月
簿記検定の新しい出題区分表(暫定版)を適用
3級の「手形」の区分は削除され、電子記録債権・債務は売掛金・買掛金の区分に整理される見込み
※2026年度(2027年3月まで)の試験では、約束手形・受取手形記入帳・支払手形記入帳・手形貸付金・手形借入金は引き続き出題範囲に含まれる。2027年4月以降に受験する人は、日本商工会議所が公表する最新の出題区分表を必ず確認しよう。電子記録債権・電子記録債務は、2027年度以降も3級の範囲に残る見込みだ。
THINK ― 判断してみよう
手形をやめて、得意先に「でんさい」を勧めるべきか
洛北ミートは、一部の大口得意先から、いまだに紙の手形で代金を受け取っている。経理部からは「手形は保管や取立ての手間がかかるし、紛失も怖い。でんさいに切り替えてもらいましょう」という声が上がっている。一方で営業部は「支払方法の変更を頼んだら、取引に影響するかもしれない」と渋っている。あなたなら、どう判断するか?
考え方の例を見る▼
結論は「切り替えを進める」だ。ただし、その本当の理由は事務の手間だけではない。
- 制度の流れ:紙の手形・小切手は2027年3月末で利用廃止が予定されている。いずれ切り替えは避けられない。得意先にとっても印紙代や事務負担が減るメリットがあり、「お互いのため」として提案できる。
- 資金繰りの柔軟性:電子記録債権は、必要な金額だけを分割して、期日前に資金化(割引)したり、仕入先への支払いに充てたり(譲渡)できる。運転資金の調達手段が増える。
- より根本的な問い:そもそも、なぜ回収まで何か月も待つ条件を受け入れているのか。第7章で見たとおり、回収サイトの長さは運転資金を膨らませる。切り替えの交渉を機に、回収サイトそのものの短縮も提案したい。取適法の施行で、長い手形サイトを見直す機運は高まっている。
営業部の懸念に対しては、「支払方法の変更は、業界全体の流れであり、得意先の負担も軽くなる」という事実を、経理部と一緒に説明しに行くのがよいだろう。
07確認問題
問1次の取引を仕訳しなさい。
(1) 商品600,000円を仕入れ、代金は約束手形を振り出して支払った。
(2) 売掛金450,000円の回収として、得意先振出の約束手形を受け取った。
(3) (2)の手形が期日に決済され、当座預金に入金された。
(4) 買掛金300,000円の支払いのため、取引銀行を通じて電子記録債務の発生記録を行った。
(5) 取引先に現金1,000,000円を貸し付け、同額の約束手形を受け取った。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 仕入 | 600,000 | 支払手形 | 600,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 受取手形 | 450,000 | 売掛金 | 450,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 当座預金 | 450,000 | 受取手形 | 450,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 買掛金 | 300,000 | 電子記録債務 | 300,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 手形貸付金 | 1,000,000 | 現金 | 1,000,000 |
問2次の支払手形記入帳の記入から、(1)6月15日と(2)9月15日の仕訳をしなさい。
支払手形記入帳:日付6/15、手形種類 約手、手形番号12、摘要「買掛金」、受取人「洛北ミート」、振出日6/15、満期日9/15、手形金額700,000円、てん末「9/15 当座預金から支払い」
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 買掛金 | 700,000 | 支払手形 | 700,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 支払手形 | 700,000 | 当座預金 | 700,000 |
問3銀行から2,000,000円を借り入れ、同額の約束手形を振り出した。利息30,000円が差し引かれ、残額が普通預金に入金された。仕訳をしなさい。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 普通預金 | 1,970,000 | 手形借入金 | 2,000,000 |
| 支払利息 | 30,000 |
SUMMARY
この章のまとめ
- ✓約束手形は、期日に支払うことを約束する強力な証書。受け取ったら受取手形(資産)、振り出したら支払手形(負債)
- ✓手形の不渡りは、取引先を道連れにする「連鎖倒産」の引き金になってきた
- ✓受取手形記入帳・支払手形記入帳は手形の明細を記録する補助簿。「摘要」と「てん末」から仕訳を読み取る
- ✓電子記録債権・債務は、紙の手形に代わる電子的な債権・債務。仕訳の形は手形と同じ
- ✓お金の貸し借りに使う手形は、手形貸付金・手形借入金で処理する
- ✓2026年1月の取適法施行で下請取引の手形払いが禁止され、紙の手形・小切手は2027年3月末で利用廃止の予定。2027年度の試験から「手形」の区分は削除される見込み