第2部 キャッシュの最前線
閉店後のレジ、3,200円足りない。犯人は誰だ?
レジの現金が合わない。そのとき、まず疑うべきは「人」ではなく「記録」だ。簿記の「現金」の範囲と、帳簿と現実のズレを正直に記録するための勘定科目「現金過不足」を学ぶ。
GOALS
この章で学ぶこと
- ▸簿記上の「現金」に含まれるもの(通貨代用証券)を判定できる
- ▸現金出納帳の役割と書き方を理解する
- ▸現金過不足の期中処理・原因判明時・決算時の仕訳ができる
- ▸現金の不一致を「内部統制」の視点で捉えられる
この章の目次▼
QUESTION ― この章の問い
深夜3時、消えた3,200円
深夜3時、おかわり堂・出町柳店。最後の客がのれんをくぐって出ていくと、アルバイトリーダーの坂口がレジを締め始めた。
POSレジの画面が示す「あるべき現金」は412,800円。だが、何度数えても、ドロワーの中には409,600円しかない。
3,200円が、消えていた。
その夜のシフトは3人。翌朝、報告を受けた店長は険しい顔でスマートフォンを握った。「3人とも呼び出す。誰かが抜いたに決まってる」
本部の経理部長が、その電話を止めた。犯人探しを始める前に、帳簿の上でやるべきことがある。
はたして、3,200円を盗んだ「犯人」はいるのか?
01簿記の「現金」は、お札と硬貨だけではない
問いに入る前に、そもそも簿記でいう「現金」とは何かを確認しておこう。
簿記の現金には、日本銀行券(紙幣)や硬貨といった通貨に加えて、銀行などに持ち込めばすぐに通貨に換えられる証券も含まれる。これを通貨代用証券という。
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| 通貨 | 紙幣・硬貨 |
| 他人振出小切手 | 取引先などが振り出した小切手。銀行に持ち込めば換金できる |
| 送金小切手 | 銀行が送金のために発行する小切手 |
| 郵便為替証書 | 普通為替証書・定額小為替証書。郵便局で換金できる |
| 配当金領収証 | 株式の配当金を受け取るための証書 |
| 期限の到来した公社債の利札 | 国債・社債などの利息を受け取る権利。期限が来れば換金できる |
| もの | 正しい勘定科目 | 詳しくは |
|---|---|---|
| 自分(自社)が振り出した小切手 | 当座預金 | 第4章 |
| 普通預金・定期預金 | 普通預金・定期預金 | 第4章 |
| 郵便切手・収入印紙 | 通信費・租税公課(期末に未使用なら貯蔵品) | 第14・15章 |
| 他社が発行した商品券 | 受取商品券 | 第7章 |
| クレジットカードでの売上 | クレジット売掛金 | 第7章 |
| 約束手形 | 受取手形 | 第8章 |
例題学会の弁当500食の代金を、小切手で受け取った
おかわり堂は、近くの大学で開かれた学会から、弁当500食(1食800円、合計400,000円)の注文を受けて納品した。代金は、学会の事務局が振り出した小切手で受け取った。
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| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金 | 400,000 | 売上 | 400,000 |
「小切手を受け取った」と聞くと、つい「当座預金」としたくなる。だが、他人が振り出した小切手を受け取ったら現金だ。当座預金を使うのは、自社が振り出した小切手に関する取引である(第4章)。
※紙の小切手・手形は2027年3月末で廃止される予定であり、2027年4月以降の試験では、紙の小切手・手形に関する論点は出題区分表から削除される見込み(2025年12月公表の暫定版)2027年度〜範囲外。2026年度(2027年3月まで)の試験を受ける人は、引き続き必ず押さえておこう。
02現金出納帳 ― 現金の動きを「時系列」で追う
現金の動きは、仕訳帳と総勘定元帳(主要簿)にも記録される。だが現金は、毎日何十回も出入りする。そこで、現金の入出金だけを詳しく記録する専用の帳簿を設ける。それが現金出納帳(げんきんすいとうちょう)だ。
現金出納帳のように、主要簿を補って特定の取引を詳しく記録する帳簿を補助簿という(第16章)。
| 日付 | 摘要 | 収入 | 支出 | 残高 |
|---|---|---|---|---|
| 5/31 | 前日繰越(釣銭準備金) | 50,000 | 50,000 | |
| 5/31 | 本日の現金売上 | 341,500 | 391,500 | |
| 5/31 | 普通預金へ預け入れ | 341,500 | 50,000 | |
| 5/31 | 次日繰越 | 50,000 | ||
| 合計 | 391,500 | 391,500 |
表は横にスクロールできます →
※1日の終わりに、残高を「次日繰越」として支出欄に記入し、収入と支出の合計を一致させて締め切る。翌日は「前日繰越」から始める。実際の店舗では、日々の売上はPOSレジで集計され、本部の経理がまとめて仕訳を行うことが多い。
03現金過不足 ― 帳簿と現実の「ズレ」を正直に記録する
さて、問いに戻ろう。出町柳店では、帳簿上の現金(412,800円)より、実際の現金(409,600円)が3,200円少なかった。
帳簿上の現金残高を帳簿残高、実際に数えた現金の金額を実際有高(じっさいありだか)という。この2つが一致しないとき、簿記では次の考え方をとる。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金過不足 | 3,200 | 現金 | 3,200 |
現金が3,200円減ったので、現金を貸方に書いて帳簿残高を減らす。その相手を、借方の現金過不足とする。これで、帳簿の現金は実際有高の409,600円と一致した。
SCENE
2日後
6月3日、店長から電話がかかってきた。声が上ずっている。
「すみません……犯人、俺でした」
あの夜の0時過ぎ、ゴミ袋と食器用洗剤が切れた。店長はレジから2,400円を取り出し、向かいのコンビニで買ってきた。レシートは、エプロンのポケットに入ったままだった。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 消耗品費 | 2,400 | 現金過不足 | 2,400 |
原因が判明した分は、現金過不足から本来の勘定科目に振り替える。消耗品費(費用)が発生していたのだから借方に、預けておいた現金過不足は貸方に書いて減らす。
残りの800円は、最後まで原因が分からなかった。混雑した時間帯に、お釣りを渡しすぎたのかもしれない。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 雑損 | 800 | 現金過不足 | 800 |
決算日になっても原因が分からない不足額は雑損(ざっそん・費用)に、超過額は雑益(ざつえき・収益)に振り替えて、現金過不足をゼロにする。
| 現金過不足 | |||
|---|---|---|---|
| 借方 | 貸方 | ||
| 6/1 現金 | 3,200 | 6/3 消耗品費 | 2,400 |
| 3/31 雑損 | 800 | ||
| 3,200 | 3,200 | ||
ANSWER ― 答え合わせ
犯人は「人」ではなく「記録されなかった取引」だった
消えた3,200円のうち、2,400円は店長自身が消耗品の購入に使い、記録を忘れていたものだった。残る800円も、盗まれたという証拠はない。お釣りの渡し間違いである可能性が高い。
もし店長が電話を止めずに3人を問い詰めていたら、無実のアルバイトを疑い、信頼を失い、人手不足の深夜帯のシフトに穴を開けていたかもしれない。
現金過不足という勘定科目は、「ズレがあった」という事実だけを先に記録し、原因の判断を保留するための道具だ。疑うより先に、記録する。調べる。それでも分からなければ、雑損として正直に処理する。この順番が、会社の数字と、そこで働く人の両方を守るのである。
04現金過不足の仕訳パターン ― 超過のときは逆になる
実際有高が帳簿残高より多い場合も、考え方は同じだ。まず現金を増やして実際有高に合わせ、相手を現金過不足とする。仕訳の左右が、不足のときとちょうど逆になる。
| 場面 | 不足(実際<帳簿)のとき | 超過(実際>帳簿)のとき |
|---|---|---|
| ①ズレを発見した | 現金過不足 / 現金 | 現金 / 現金過不足 |
| ②原因が判明した | 正しい費用など / 現金過不足 | 現金過不足 / 正しい収益など |
| ③決算日まで原因不明 | 雑損 / 現金過不足 | 現金過不足 / 雑益 |
例題超過なのに「雑損」? ― 試験で最も狙われるパターン
期中に、現金の実際有高が帳簿残高より5,000円多かったため、現金過不足で処理していた。決算日に調べたところ、受取手数料8,000円の入金と、旅費交通費2,000円の支払いの記入漏れが判明した。残額は原因不明である。決算日の仕訳をしなさい。
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| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金 | 5,000 | 現金過不足 | 5,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金過不足 | 5,000 | 受取手数料 | 8,000 |
| 旅費交通費 | 2,000 | ||
| 雑損 | 1,000 |
考え方は「まず判明した原因を正しく仕訳し、最後に差額を埋める」。
- 現金過不足(貸方残高5,000円)をゼロにするため、借方に5,000円
- 受取手数料の記入漏れ → 収益の発生なので貸方に8,000円
- 旅費交通費の記入漏れ → 費用の発生なので借方に2,000円
- この時点で借方7,000円、貸方8,000円。差額1,000円を借方に入れて一致させる。借方に来る差額は費用なので雑損
現金全体は「超過」だったのに、原因を調べたら、説明できない「不足」が1,000円残った。超過=雑益と決めつけず、必ず貸借差額で判断しよう。
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金 | 1,500 | 雑益 | 1,500 |
05人を疑う前に、仕組みを疑え ― 内部統制
現金は、会社の資産の中で最も盗まれやすく、最もミスが起きやすい。だからこそ、会社は「人が誠実であること」に頼らず、「間違いや不正が起きにくい仕組み」を作る。これを内部統制という。
| 仕組み | ねらい |
|---|---|
| レジ締めを2人で行い、双方が署名する | 1人による着服や数え間違いを防ぐ |
| 釣銭準備金を毎日同じ額(例:5万円)に戻す | 日々の売上と、店に置く現金を明確に分ける |
| 店の経費はレジから出さず、小口現金を使う | 売上の現金と経費の現金を混ぜない(第4章) |
| 現金過不足を毎日記録し、本部が店舗別に集計する | 特定の店・時間帯に偏ったズレを早期に発見する |
| 券売機・セルフレジ・キャッシュレス決済の導入 | 人が現金に触れる回数そのものを減らす |
外食チェーンの多くが券売機やセルフレジ、キャッシュレス決済を導入するのは、人件費の削減だけが理由ではない。現金に人の手が触れる回数を減らせば、数え間違いも、お釣りの渡し間違いも、着服の誘惑も、まとめて消せるからだ。
THINK ― 判断してみよう
12店舗の中で、1店舗だけ毎月数千円が足りない
おかわり堂の本部に、12店舗の現金過不足の月次データが集まってきた。11店舗は毎月±1,000円以内に収まっている。だが、ある1店舗だけが、この半年間、毎月3,000〜5,000円の不足を出し続けている。金額は小さい。あなたなら、どう動くか?
考え方の例を見る▼
まず、金額の小ささに惑わされない。重要なのは金額ではなく「パターン」だ。他の店では起きていないズレが、1店舗だけで継続的に、しかも一方向(不足)に偏って起きている。これは単なる偶然のミスでは説明しにくい「シグナル」である。
次に、いきなり人を疑わず、データで絞り込む。
- ズレが発生した日付・曜日・時間帯と、シフト表を突き合わせる
- その店舗だけ業務の手順(両替のやり方、経費の支払い方法、レジ締めの人数)が違っていないかを確認する
- POSの取消・返品・値引きの記録に、不自然な集中がないかを調べる
そして、仕組みで対策する。2人体制でのレジ締めを徹底し、店舗間で人員をローテーションし、キャッシュレス比率を上げる。不正であれ単なるミスであれ、仕組みを変えればズレは止まるはずだ。止まらなければ、そこで初めて、事実に基づいて個人の責任を問う。
月数千円の損失そのものより、「この会社では現金のズレが放置される」という空気が広がることのほうが、はるかに高くつく。
06確認問題
問1次のうち、簿記上「現金」として扱うものをすべて選びなさい。
ア.他人振出小切手 イ.自己振出小切手 ウ.郵便切手 エ.送金小切手 オ.収入印紙 カ.配当金領収証 キ.普通為替証書 ク.他社が発行した商品券
解答・解説を見る▼
ア、エ、カ、キ
イは当座預金、ウは通信費(期末に未使用なら貯蔵品)、オは租税公課(同)、クは受取商品券で処理する。
問2次の一連の取引を仕訳しなさい。
(1) 現金の実際有高を調べたところ85,000円で、帳簿残高は90,000円だった。
(2) (1)の不足額のうち3,000円は、郵便切手の購入(通信費)の記入漏れであることが判明した。
(3) 決算日になっても、残りの不足額の原因は判明しなかった。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 現金過不足 | 5,000 | 現金 | 5,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 通信費 | 3,000 | 現金過不足 | 3,000 |
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 雑損 | 2,000 | 現金過不足 | 2,000 |
問3決算日に、現金過不足勘定の借方残高が4,000円あった。調査の結果、水道光熱費6,000円の支払いと、受取利息3,000円の受け取りの記入漏れが判明した。残額は原因不明である。決算整理仕訳をしなさい。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 水道光熱費 | 6,000 | 現金過不足 | 4,000 |
| 雑損 | 1,000 | 受取利息 | 3,000 |
現金過不足の借方残高4,000円をゼロにするため、貸方に4,000円。水道光熱費(費用)は借方に6,000円、受取利息(収益)は貸方に3,000円。この時点で借方6,000円、貸方7,000円なので、差額1,000円を借方に入れる。借方の差額は雑損となる。
問4決算日に現金の実際有高を確認したところ、帳簿残高より700円少なかった。原因は不明である。仕訳をしなさい。
解答・解説を見る▼
| 借方科目 | 金額 | 貸方科目 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 雑損 | 700 | 現金 | 700 |
SUMMARY
この章のまとめ
- ✓簿記の「現金」は、通貨+通貨代用証券(他人振出小切手、送金小切手、郵便為替証書、配当金領収証、期限到来の公社債利札)
- ✓自己振出小切手は当座預金、切手は通信費、収入印紙は租税公課。現金と混同しない
- ✓現金出納帳は、現金の入出金を時系列で詳しく記録する補助簿
- ✓現金のズレは、まず帳簿を実際有高に合わせ、差額を「現金過不足」に仮置きする
- ✓原因が判明したら本来の勘定へ振り替え、決算日まで不明なら雑損・雑益へ。最後の差額は貸借差額で判断する
- ✓ズレは消さずに記録する。人を疑う前に、仕組み(内部統制)を疑う